むかし、弘法大師は、はるばる芦北の佐敷の地にいらっしゃいました。大師は仏の道を説かれ、「この地に仏法ひろまればこの枝に根を生ずべし」という言葉を残し、楠の枝を挿して立ち去られました。その後、この枝に根を生じ大木となって繁茂したことが、佐敷(挿し木)という地名の由来といわれています。
 弘法大師は、また、ある民家の井戸に伝説を残しておられます。その家の娘は、口やかましい父親から、夕方までにハタを織り上げておくようにと、かたくいいつけられ、懸命にハタを織っておりますと、戸口に人の声がします。見ればみすぼらしい旅僧です。「のどがかわいて困っておりますが、水を一杯飲ましていただきたい」と言います。これを聞いた娘はちょっと困りました。家には井戸がありません。冷たい良い水なら、遠方の村の上の方まで汲みに行かねばなりません。そうすると、夕方までにハタを織り上げることが出来なくなって父親に厳しく叱られるでしょう。さてどうしようか。このお坊さんは今たいへん喉が乾いておいでの様子。よし、叱られるだろうが、汲んできてあげよう。娘は遠くまで水汲みに出て行きました。
 僧はかなり長い間待たされるので、娘はどこに行ったのだろうか、と思っていると、やがて娘が水を汲んで戻って来ました。娘の顔には、本当に温かい親切の気持ちが現れていました。旅僧はその親切に感激して、冷たい水をいただいて飲み終わると、娘の家に井戸のない事を知り、「それは朝夕不便なこと、お礼に針を差し上げよう。この針の立つところを掘れば必ず水が出るであろう」と、娘に一本の針を与えて立ち去りました。
 その夕方、帰ってきた父親は、娘がハタを織り上げていないのを怒って、棒を振り上げて娘を追いまわします。娘は逃げまわるうち、帯にさしていた例の針が、落ちて地に突きささりました。娘は「あっ! ここば見て」と父親を制し、一部始終を父親に話した後、父娘二人でそこを掘ってみますと、旅僧の予言通り、きれいな水がこんこんと湧き出しました。父娘はその不思議に驚き、また喜びました。
 さて、あの旅僧はきっと弘法大師に違いないと、二人は旅僧が去っていった方角を、手を合わせて拝みました。




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